2011年01月21日

大きな木

夕暮れ時に鳴る鐘の音の美しさ。
なんの特徴もないこの町の人達にとって、
寺の鐘はちょっとした誇りになっている。

ある日、寺の住職よりこんなお願いが来た。
「この前の台風で鐘を吊っている屋根が壊れてしまいました。」
「修繕をしたいので、どなたか木を寄付して頂けないでしょうか。」


町の誇りの鐘が鳴らなくなったら一大事。
これを聞いた町はずれの農夫のご主人。
真っ先にお寺へ申し出ることにした。

「家のこの大木なら、さぞかし立派な修繕が出来るじゃろう!」


110104_164552.jpg


「うちの大木を使ってくだされ」
「とにかく大きな木だから充分に修繕できるじゃろう」


住職は嬉しそうに、「おぉ、ありがたい。」
「棟梁にさっそくお願いすることにします。」
そう答えると、棟梁の元に出かけて行った。

農夫は町の自慢の「鐘」の修繕に、
自分の家の木を使ってくれることが嬉しくてしょうがない。
町の会う人会う人に、住職との会話を話して周った。


ところが翌朝、棟梁が農夫の家にやって来ると、
「申し訳ないがな、あんたん所の木は使えん。」
「ごつごつしてて、節もいっぱい、おまけに曲がっておるでのぉ。」
「この木じゃあ柱にはならん。」
それだけ伝えると、棟梁は残念そうに帰って行くのです。

打ちひしがれた農夫・・・

道に面したこの大木の根っこに腰を下ろすと、
「オラと一緒でやっぱりこの木も役に立たないのか・・・」
誰に言うでもなくつぶやいた。


するとどこからから、声がした。
「鳥のさえずりが聴こえるかい?」
「旅の人達がこの木に腰掛けて休んでいるのを知っているかい?」
「子ども達が木登りしてるの知ってるかい?」
「役に立たない木だからこそ、斧で切り倒される心配もない。」
「結構なことじゃないか。」

怪訝そうに農夫は周りを見回したが誰もいなかった。




posted by 岡田昌己 at 19:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 気の向くままに・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック